北里柴三郎

江戸時代 明治・大正時代/1853~1931年

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日本近代医学の父と呼ばれ、千円札の顔となっている北里柴三郎は、いったいどんな土地を踏みしめて生きたのか。 江戸幕末から明治維新を経て、昭和までの激動の時代を生きた柴三郎。 その生涯の足取りを地図で追ってみました。

北里柴三郎の足跡

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足跡地域

足跡地

年表

  1. 1853年|嘉永6年|1歳

    1/29、肥後国阿蘇郡小国郷北里村で誕生

  2. 1858年|安政5年|6歳

    8月、安政のコレラ流行で弟二人が亡くなる

  3. 1859年|安政6年|7歳

    8月、安政のコレラ流行で妹が亡くなる

  4. 1861年|文久元年|9歳

    小国郷志賀瀬村の親戚で皇漢医の橋本淵泉の家に預けられる

  5. 1863年|文久3年|11歳

    母の実家、豊後森の久留島藩藩士の祖父、加藤海助に寄宿

  6. 1866年|慶応2年|14歳

    熊本城下へ出る

  7. 1869年|明治2年|17歳

    春、細川藩藩校の時習館へ入学

  8. 1870年|明治3年|18歳

    時習館廃校のため帰郷、安田退三宅で書生

  9. 1871年|明治4年|19歳

    6月、古城医学校に入学(1872年に熊本医学校へ名称変更)

  10. 1874年|明治7年|22歳

    7月、熊本医学校を卒業、熊本を出る

  11. 1875年|明治8年|23歳

    11月、東京医学校入学

  12. 1883年|明治16年|31歳

    4月、乕と結婚、東京大学医学部を卒業、内務省衛生局に出仕

  13. 1885年|明治18年|33歳

    2月、衛生局東京試験所を兼務 8月、赤痢調査のため長崎へ、8月末に帰京 9/20、長崎にコレラ上陸、調査のため長崎着、日本で初めてコレラ菌を確認 9/24、帰京 11/14、ドイツ留学のため横浜港を出発

  14. 1886年|明治19年|34歳

    1月、フランスマルセイユ着、鉄道でパリを経由しベルリン着、ベルリン大学衛生研究所コッホ研究所へ

  15. 1889年|明治22年|37歳

    破傷風菌純粋培養成功

  16. 1890年|明治23年|38歳

    破傷風抗毒素発見、血清療法確立

  17. 1891年|明治24年|39歳

    8月、オランダに寄って、ロンドンで会議

  18. 1892年|明治25年|40歳

    3/28、ベルリンを出発 3/29、パリ着 3/30、パスツール研究所訪問 4/04、パリ発、ロンドン着 4/22、ニューヨーク着 4/30、ワシントン着 5/02、フィラデルフィア着 5/06、ニューヨークからカナダのモントリオールへ、バンクーバーに1週間滞在 5/15、日本へ出発 5/28、横浜港到着 11/19、内務省内務技師復職 12/03、大日本私立衛生会附属伝染病研究所開所

  19. 1893年|明治26年|41歳

    8月、ツツガムシ病調査のため新潟へ

  20. 1894年|明治27年|42歳

    6/5、ペスト発生の香港に政府調査団として派遣、横浜港出発 6/12、香港到着 6/13、ケネディタウン病院を選ぶ 6/18、ペスト菌発見 7/30、帰国 12/27、内務省を依願免官、大日本私立衛生会附属伝染研究所所長業務に専念

  21. 1896年|明治29年|44歳

    11月、神戸でペスト調査

  22. 1904年|明治37年|52歳

    9月、アメリカセントルイスで会議に日本代表で出席

  23. 1908年|明治41年|56歳

    6/12、コッホ来日、8/24まで74日間つきっきりで歓迎 6/12、横浜港、帝国ホテル 6/13、上野博物館 6/14、ドイツ大使館、陸軍省に表敬訪問、華族会館で歓迎会 6/16、東京上野でコッホの講演会 6/17、伝染病研究所を見学 6/19、小石川植物園 6/21、逗子から葉山海岸、師臨閣で遊ぶ 6/22、浅草観音、花屋敷、堀切菖蒲園 6/23、横浜のドイツ領事館とドイツ海軍病院訪問 6/24、伝染病研究所再訪、ドイツ大使館で夜会 6/25、皇居参内、明治天皇に謁見、北里邸で晩餐会 6/26、日本橋倶楽部で相撲見学 6/27、汽車で日光、金谷ホテル 7/01、帰京 7月、鎌倉海浜院ホテル、北里自慢の伊東の別荘など その後は箱根の富士屋ホテル、名古屋の名古屋ホテル、伊勢山田の五二ホテル、奈良の菊水楼、京都の京都ホテルと都ホテル、宮島のミカドホテルなど 途中長良川の鵜飼い見学、瀬戸内で遊覧船の紅葉丸貸し切り、広島厳島神社 8/20-24、横浜オリエンタルホテルで別れを惜しむ

  24. 1909年|明治42年|57歳

    8月、シベリア鉄道でノルウェーのベルゲンで講演 9月、ハンガリーブタペストで発表 その後ベルリンへ、コッホ再会 11月、帰国

  25. 1911年|明治44年|59歳

    長春、奉天を巡視、奉天で会議開催

  26. 1914年|大正3年|62歳

    11/5、依願免官、北里研究所設立、所長就任

  27. 1915年|大正4年|63歳

    10月、恩賜財団済生会芝病院初代院長

  28. 1916年|大正5年|64歳

    北里村に北里文庫設立 12/26、貴族院議員に任ぜられる

  29. 1917年|大正6年|65歳

    4/1、慶応義塾大学部医学科科長

  30. 1923年|大正12年|71歳

    11月、日本医師会設立、初代会長に就任

  31. 1931年|昭和6年|79歳

    6/13、自宅で脳溢血のため逝去

日付表記について:日本でグレゴリオ暦が正式に採用された1873/1/1を超えた人物は、グレゴリオ暦での日付を記載しています

参考文献

  • 北里柴三郎 よみがえる天才7

    海堂尊 / ちくまプリマー新書

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